団員からのウンチク:「フニクリ・フニクラ」(by 桑原 裕)

    ヴェスヴィオ山を登る登山電車「Funicolare」

    マトゥーリの皆さんへ
    今イタリアの有名な歌「フニクリ・フニクラ」を歌っていますが、これにちなんで、関連する経験談を下記します。
    この山は、英語名「ヴェスヴィアス」山ですが、通称は、ヴェスヴィオ山です。土地の人達は皆さん、「ヴェスヴィオ」と親しく読んでいます。1.281メートルです。低いようですが、海岸線から、切り立っている山ですので、非常に高度感がある山です。つまり、登りたくなる山です。

    以下、ウィキペディアからの抜粋です。
    ●紀元79年8月24日の大噴火が有名であり、この時の火砕流でポンペイ市を、土石流でヘルクラネウム(現エルコラーノ)を埋没させた。
    ●1880年には山麓から火口まで登山電車(フニコラーレ)の「ヴェズヴィアナ鋼索線」が開通。
    ●これを記念して作られた歌(いわゆるコマーシャルソング)が「フニクリ・フニクラ」である。
    ●この登山電車は前述の1944年の噴火で破壊された。

    したがって、今は、登山電車はありません。ほんの少し、軌道らしきものが残っていますが、地盤の変形で、残骸のようになっています。沢山の別荘のような家の跡もありますが、これも、地盤の変形で、荒れ果てた姿になっています。
    私は、確か1999年と思いますが、このヴェスビオ山に登りました。頂上からは、ナポリから、ポンペイまでの海岸が真下に見えて、素晴らしい景色でした。カプリ島がすぐそこに見えました。ソレント市もすぐ南に見えました。

    ナポリ港とヴェスヴィオ山

    ヴェスビオ山には、ナポリから登りました。
    実は、ナポリのホテルから、早朝7時に、タクシーで、行けるところまで行ってほしいと、ドライバーにお願いしました。日本へ帰国する日の朝です。飛行機が午後1時に、ナポリ空港から出発するので、タクシーで、行けるところまで行けば、登れると確信しました。ドライバーにチップをはずんだのです。そして、タクシーにそこで私の帰りを待っていてもらいました。

    頂上までは、丁度富士山のように、火山灰、火山岩の登山道で、3歩登って、1歩下がるという具合です。これを、実は、時間が無かったので、駆け登ったのです。約2時間くらいで、頂上に達しました。ものすごく大きな爆裂火口でした。爆裂火口には降りられません。まだ、相当の噴煙が立ち登っていました。まだ、活火山ですね。外輪山を行けるところまで行きましたが、途中からは、切り立っていて登れません。多分一周はできないと思います。また時間が無いので、一周することは諦めました。
    頂上+外輪山(の一部)で、景色を堪能し、急いで、山を駆け下りました。時間が無いのと、タクシーが本当に待っていてくれるかどうか、心配だったのです。タクシーは待っていてくれました。急いで、ホテルに戻り、荷物を載せて、ナポリ空港に急ぎました。午後1時の、パリ行き飛行機(パリから日本に帰国しました)に間に合いました。無事帰国できました。

    この後も事後談があるのですが、それは、何かの機会にします。
    桑原 裕

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